ダライ・ラマ14世」(チベット仏教の高祖)
人生での難問は、人によって異なると思います。
困難の時には、
様々な難問が、その人に襲いかかってきます。
難問に押しつぶされないでください。
耐えられない試練に会うことはありません。
耐えられるように、試練と共に脱出の方法を備えていてくださいます。
難問の時には、楽になれることはありません。
楽になれるようにすることは、難問を益々難しくなると思います。
そこでの甘い言葉には、裏があります。
助かろうとするあまり、その裏がある内容も見えなくなります。
その結果、益々苦しみが増えます。
僕も楽になりたいと思ったため、苦しみが、増えました。
しかし、脱出の方法は、人が導いてくれました。
また、古の賢人の文献での言葉に脱出の方法がありました。
苦しみの真っただ中での脱出。
難問の脱出の方法は難しいものだと思います。
しかし、脱出の方法はあります。
そして脱出した向こうの景色は、今までとは違った景色が見えます。
その難問を乗り越えたとき、人間は成長します。
生きるための志が生まれます。
そして、胆識を得ることができます。
人は、胆識を得ることで、難問に立ち向かう勇気を持つことができます。
覚悟が決まるのです。
ですから、決して諦めないことです。
何度でも立ち向かおう。
胆識を得て見える景色は違いますから。
諦めからは何も生まれない。1パーセントの可能性を見出そうと、壁に向かった時こそ自分の中に秘められていた、新たな力が出てくる。
古賀稔彦(柔道家)
壁に向かった時こそ自分の中に秘められていた、新たな力が出てくる。
スポーツでは限界を超えたときにもう動けないと思った時に、
まだまだと思っていれば、そのうえでまだ動けるものです。
ゾーンに入るとも言われます。
僕も学生時代、スポーツをしていました。
もう限界と思っていてがんばり続けたとき、
今まで以上の動きが出来る時がありました。
限界を超えたときに、その上にまだ動くことが出来るエリアがありました。
そこでの動きは、今までのものではありませんでした。
でもその後で、何倍も疲れが出ましたが。
チャンスは、何度も壁を越えながら、挫折を何度もしながら、
決して諦めない人にのみ、チャンス(光)が見えると思います。
様々な出来事の中で、決して諦めないで、
志を持って一緒に進んでいきませんか。
AIでの変化は大きなうねりとなって、世の中に現れます。
誰も見たことのない世界が始まります。
そこで自分軸(志)をもって一緒に生きていきませんか。
誰も見たことのない世界を、世の中に流されず、
志をもって自分が納得できる景色を一緒に見ませんか。
鴻鵠の志の会では、チャンスを諦めない思いを持った人の参加をお持ちしています。