ベンジャミン・フランクリン(アメリカ合衆国の政治家)

人生では沢山の困難に出会うでしょう。

また、困難が、苦しみが。

とめどなく襲ってくることもあるでしょう。

いつになると、困難が無くなるのかと思うこともあるでしょう。

しかしその都度、困難を超えていかなければなりません。

まして、先を思うと大丈夫だろうかと思うことがあるでしょう。

今までが、困難が続いたため、発想がネガティブにしかならないのです。

膜妄想

 「無業むごうの一生、莫妄想」といわれるように、無業和尚(760~821)は一生涯、誰が何を尋ねても、「莫妄想」で押し通したといわれています。

「妄想無き時、一心いっしん是れ一仏国いちぶつこく」。すなわち、妄想を断ち切ってしまえば、それがそのまま悟りの心境です。「まく」とは、なかれ・・・のことで、禁止の意味を表わします。

妄想もうぞう」とは、一般的には実体のない虚妄こもう想念そうねんのことで、色気、食い気、欲気などの邪念、空想、迷心を意味しますが、禅ではもう少し深く考えます。
 私たちは、常に、生死、善悪、是非、勝敗など、二つの相対する概念を作り出し、その一方に執して苦しみ、迷うのですが、この二つに分けて見る相対的な分別心そのものが、すでに妄想というのです。故に莫妄想とは、生死、善悪、是非になり切ってやって行け! というわけです。“かれ”という消極的な言葉に反して、より積極的に、生死、是非、善悪、勝敗などにこだわることなく、全身全霊を挙して一心不乱にやり貫けというのです。

僕もこの言葉を学んだ時に、膜妄想、膜妄想と唱えました。

しかし人間はなかなか悟りを得れないものです。

不安はなかなか無くなりません。

ましてや、一歩進むことは、怖いものです。

全て失うのではないかと思うものです。

しかし、進まなくて失うのであれば、一歩進んで失うほうが、これからの人生が違ってきます。

僕自身、進まなくての後悔は選択しませんでした。

進んで失敗はしましたが。

自分の人生を様々な意見を聞きながら、最後は自分で決めてきました。

決めたことについて、誰かに言われたとかそうしたとかはありません。

後悔はありません。

人の人生には宿命はあると思います。

道筋はあると思います。

そして、その都度、人生の選択があります。

自分で選択して進んでいきましょう。

自分の選んだ人生は立命されます。

前に進むことで、魂の進歩があります。

そして、その人生の坂を上っていけば、必ず違った景色が見えます。

人生の最後に向けて、後悔の無い人生を送りましょう。

そして、心に太陽(志)を持ってください。

今が大変な人も、これからが不安の人も一緒に志を持って生きていきましょう。

貴方は、一人ではありません。

同志と共にこの先AI,ChatGPTでの変革のある変革の世の中を生きていきましょう。

人としての想い(心)を大切にしながら。

生きていきましょう。

鴻鵠の志の会では、現在、月2回程度のセミナーを開催しています。

本日5月25日(日曜日)新宿 16時から

6月13日(火曜日)池袋 19時から

6月24日(火曜日)池袋 19時から

セミナ―開催、交流会を開催をしていきます。

鴻鵠の志の会では沢山の同志の参加をお待ちしています。

宜しくお願い致します。        荻野一美

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