デジデリウス・エラスムス(神学者)
本来の自分とは、どのような存在なんでしょう。
肩書でしょうか、地位でしょうか。資産でしょうか。
何を持って本来の自分と言うのでしょう。
前近代社会では、身分や性別などによって役割や価値観が伝統的に固定されていました。
人々が何を信じどんな規則を大切にし、社会の中でどうふるまうべきかは比較的はっきりしていました。
役割や価値観が固定されているということはあれこれと悩んだり迷ったりすることがなく、生活も安定していました。
例えば、いい高校を卒業して、いい大学に入りそして卒業して、大企業に入るそして、定年まだ働き、退職後は、年金生活をするというような人生がいい人生と言われてきました。
人並の生活という言葉が表していました。
しかし、今はそれさえも変化してきています。
その中では、これからの混沌とした現代で人は、本来の自分を見失っていくと思います。
ましてや、AI,ChatGPTでの変革での、自己の判断の喪失によりそれは猶更進んでいきます。
今ここで自分探しをすべきと考えます。
自分探しとは、志を持つ事です。
志さえあれば、道の迷う事なく進んでいけます。
情熱を持って、自分の使命を愛せ。
これほど素晴らしいことはない。
オーギュスト・ロダン(彫刻家)
自分を生かす道、自分のやるべき道は何なのだろうか。
真摯に生きていく中で人は、迷い悩みます。
自分の使命は何なのか。
この世に生まれた意味は何なのか。
それを探すことは、日々に情熱を持って歩んでいかなければなりません。
やはりそこで大切なのは志をもっことです。
志(道標)の無い道は羅針盤の無い道だからです。
志を持って歩んでいく中で、様々な出来事の中で学んでいく中で、志は磨かれてきます。
磨かれた志で見る景色は、磨かれる前の自分ちは違って見えると思います。
本当の自分になります。
ただし本当の自分は上書きされていきます。
人生の最後で見る新しい自分を見ましょう。
この世に生まれてきた意味を探しましょう。
僕自身生きていく中で、様々な困難がありました。
大変な出来事の中で苦しみもがきました。
今もまだ道半ばです。
心の傷は、なかなか消えないものですが、支えていただいた人がいるので、頑張ってこれました。
本当に感謝しています。
この経験をもととして、その上で学んだことを踏まえて、今回鴻鵠の志では、人間学講座を2月から開催しています。
今後も月2回の開催をしていきます。
沢山の方の参加をお待ちしています。
鴻鵠の志の会 荻野一美