十牛図(じゅうぎゅうず)(禅)

入鄽垂手(にってんすいしゅ)

何故、僕は生まれてきたのでしょうか。

何のために生まれてきたのでしょうか。

何をするために生まれてきたのでしょうか。

こんな苦難を、苦しみをするために生まれてきたのでしょうか。

僕自身62歳になり今までの人生を振り返ると、一本道を真っすぐに生きてきたように感じられます。

自分の人生を占い師の先生に見てもらうと。

真っすぐな一本道をそして、両サイドが崖で、歩いた後の道はなくなっているようです。

今後もこの一本道を真っすぐに歩いていくようです。

人には、人生の選択が幾度も来ます。

あなたが今日歩いている道さえも、選択があります。

その選択肢は、その人により異なります。

魂の学びである人生は、経験が大切になります。

その経験をするために、自分で選択した人生を歩んでいくのです。

そして現世でその経験をして学ながら進んで行くのです。

その学びの内容は、喜びであったり、苦悩であったりします。

でも、人はその苦悩の中での学びがその人を大きくしてくれます。

そして何度も、お試しが来ます。

またかと。

今度はこれかと。

でも人はそのお試しを学びながら進んで行かなければなりません。

苦しみの経験は、人を立ち止まらせます。

考えさせられます。

その苦悩が大きければ大きいほど、考えさせられます。

そして、眠れない夜をすごしたりします。

夜中にそんなことを考えてもいい答えは出てきませんが、しかしふと起きたときに考えてしまうのです。

答えは、出てくることはないと思います。

その苦悩から逃げたいと思う心では答えは出てこないと思います。

ある人に言われました。

夜中にそんなことを考えても、答えは出ませんと言われました。

夜は、眠るものですと。

昼間に考えればいいと。

そうですが。

弱い僕は、ふと起きたときに考えてしまいました。

今は、今は考えても無駄だと思い眠ることにしています。

過去にあった、苦しみほどではないので。

僕がこの鴻鵠の志の会を作ったのは、この人生で学んだことを、今苦しんでいる人や、これからどう生きていくべきかなど、人生に迷っている人に、僕の人生で学んだことで、何か力になればと思ったからです。

僕自身、まだ学ぶことは多いいです。

我以外皆

一人一人の人生は、経験は異なります。

そこから学ぶことは大きいと思います。

そしてこの鴻鵠の志の会は、この言葉から作りました。

燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや 王侯将相いずくんぞ種あらんや

中国の秦の時代、日雇い労働をしていた陳勝が「互いに金持ちになっても忘れずにいよう」と仲間に言い、それを聞いた雇い主が「日雇いの分際で何を言っているんだ」と嘲笑した。
陳勝は「燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや」と嘆きました。

そして、王侯将相いずくんぞ種あらんや、この言葉は、社会階層や生まれによる差別に対する反抗の意志を示しています。

直訳すると、「王や公、将軍、相(高官)たちは、果たして生まれながらにしてそうなのだろうか?」という意味になります。

これは、権力や地位が天賦の才能や貴族の特権ではなく、誰もが努力によって得ることができるという考えを表しています。

そしてこの言葉から、鴻鵠の志の会を設立しました。

時代は、変化を始めました。

AI,ChatGPTでの変革その変化は大きくなります。

過去のテクノロジーは人間の使うツールでした。

しかし、AI,ChatGPTでは、そのテクノロジー自体が人間の生き方、心に影響してきます。

AI信仰が始まります。

そして今、自分に人生を問うこの活動を始めました。

そして2年が経ちました。

人生最後の時に、生きていてよかったと思える生き方をしませんか。

僕自身まだ道半ばですが。

人生最後の時にこれでいいとと思えるように、試行錯誤しながら進んでいます。

もしこの文章を、見てくれている方も僕と一緒に進んで行きませんか。

生きる意味を問いながら、志を持って生きていきませんか。

人生最後の時に後悔しないために。

入鄽垂手(にってんすいしゅ)

僕が見たこと、学んだことをあなたに伝えたいと思っています。

そして、貴方からも僕は、学びたいです。

鴻鵠の志の会では、月2回程度のセミナー懇親会を開催しています。

2月17日は、リアルでのセミナー懇親会を開催します。

活動をホームページ、Facebookでもご覧出来ます。

YouTube配信も行っています。

ご覧ください。

鴻鵠の志の会への、沢山の方の参加をお持ちしています。

鴻鵠の志の会       荻野一美

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